若手歯科医師の家族で留学奮闘記

一般歯科医師が,卒後8年目から家族でのアメリカ留学を目指すブログです.

親との食器共有は本当に子供の虫歯リスクに関係ないのか?

少し前になりますが、先日、日本口腔衛生学会から「乳幼児期における親との食器共有について」と題して情報発信が行われました。

 

ヤフーニュースなどでも取り上げられたためご存知の方も多いと思います。

 

以下がその内容。

https://www.kokuhoken.or.jp/jsdh/statement/file/statement_20230901.pdf

ヤフーではこんなニュースに

news.yahoo.co.jp

この記事を読んで皆さんはどう感じるでしょうか?

この記事の最後には

SNS上ではこの声明を紹介した投稿に対して、驚きや賞賛の声が寄せられている。 《15年くらい前に知りたかった》 《ダメなものだとずっと勘違いしてた。ちゃんとしたところからこういうの出るのありがたや》 《マジで子育てのあれこれって無駄に偏った情報が多すぎて、それに振り回されて疲弊してる親って多いと思うのよ。「無駄」とか「気にするほどじゃない」って情報こそ頑張って世に広めてほしい》

 

という記載があり、事実Twitterなどでは同様に食器の共有は問題なかったんだという感想が多くみられました。

しかしヤフーニュースのコメント欄を見ると、意外と冷静な方が多く、「可能性があるなら食器共有しないほうが良い」「食器共有を避けるのはそれほど苦じゃないから問題なかったし虫歯ができていないのはそのおかげと思っている」というものも多くありました。

 

私は正直この記事を読んで驚きました。

それは、「食器を共有しなくて良いんだ」という驚きではなく、「なぜこんな情報を発信するのか」という驚きでした。

 

そう、私はこの記事の論調に否定的です。

 

無理やり好意的に解釈しようとすると、食器共有のことだけではなく、糖質摂取やフッ化物利用などにも気をつけましょう、というメッセージかとも思えました。

 

が、実際には食器共有と子供の虫歯との関係性に関するエビデンスリスクが低いことを強調し、実際にその論調の記事しか見かけません。

 

さらには歯科医療関係者向けのサイトでも同様であるばかりでなく、虫歯予防を専門的に情報発信している歯科医師でさえその論調で発信していることに危機感すら感じます。

 

では、なぜ私がこの学会からの情報に否定的なのかを説明します。なお、海外の専門家に相談し教えてもらった内容も含んで説明しています。

 

一体何が問題なのか?

 

一番大きな理由は、引用している論文です。

本文内で、

 

食器の共有に気を付けていても、子どものう蝕に差はなかった

う蝕は砂糖摂取や歯みがきなど様々な要因で起こるため、食器の共有と子どものう蝕の関連を調べる 際にはそうした要因を考慮する必要があります。う蝕に関連する複数の要因を調べた日本の研究では、3 歳児において親との食器共有とう蝕との関連性は認められていません[6]

 

として

Wakaguri S, Aida J, Osaka K, Morita M, Ando Y: Association between caregiver behaviours to prevent vertical transmission

and dental caries in their 3-year-old children. Caries Res 2011, 45(3):281-286.

 

が引用されています。

 

この論文は全て読みましたが、まず横断研究であることからエビデンスレベルはとても低いです。さらに3歳児検診のデータとその際の保護者へのアンケート内容を対象としていること、そのため評価者や評価方法が統一されていないこと、そもそも3歳児検診の正確性が担保されていないこと、など、この論文一つをもって「食器の共有に気をつけていても、子どものう蝕に差はなかった」と結論づけるのは無理があります

 

さらに、この情報発信の最大の問題点として、その論文を引用したプロセスが示されていないことが挙げられます。

 

通常、学会レベルで論文を引用して情報発信する際には、どのようなプロセスでその論文が選ばれたのか、取込基準、除外基準などが明記されるべきであり、それが通常です。

 

それがない時点で、都合の良い論文を恣意的に引用していると判断されても仕方ありません。少なくとも国際的にはそう受け取られるようです。

 

また、このWakaguri et al., 2011 の論文の考察中に、limitationの一つとして口腔内の細菌を検査していないことを挙げ、「食器の共有と子どものミュータンス菌の保有には有意に関係がある」とする論文(Wan et al., 2003)、さらにミュータンス菌の存在と量がう蝕の発生と進行に有意に関係する」とする論文(Kopycka-Kedzierawski and Billings, 2004; Warren et al., 2009)が引用されています。

 

他にもツッコミどころはありますが、おもに上記理由により、この情報発信は学会が出すものとしてはどうしてしまったんだろうか。。。というのが正直な感想です。あまりに科学できていません。。。

 

一般の方はこの学会からの発信を読むと「食器の共有を避けることは意味がなかった」「食器は共有しても良い」と感じると思います。それこそが問題で、ある程度の影響力がある団体だからこそもっと慎重に、科学的に情報を発信してほしいと感じたのでした。

 

ちなみに、、、、以下、上記の専門の先生からのメッセージです。

 

Virtanen et al., 2015 の論文によると、フィンランドでは乳幼児とスプーンの共有をしているのは14%で、赤ちゃんの唇にキスをする習慣がある母親は38%だったそうです。

 

この数字をどう見るでしょうか?

少なくとも私は子どもと食器の共有はしませんし、自分が子どもだとしてもして欲しくありません。

 

ただし、う蝕は多因子疾患ですのでミュータンス菌等のう蝕原生菌(虫歯菌)が母子感染したとしても、フッ化物の利用等、他の方法でう蝕を予防できるのも事実です。

 

そのうえで、乳歯の生え始めから乳歯列が完成し口腔細菌叢が確立するまでの間に、食器の共有や唇へのキスを避けるだけで、子どもの一生のう蝕のなりやすさに影響があるということは一般の方にも知っておいていただきたいと強く思います。